敵か味方か

[2019年02月28日]

今回は、ちょっと変わった皮膚病のお話をしたいと思います。

当院では、皮膚科の転院症例が多数来られますが、初診時にすでに治療経過が

長いものがほとんどです。その中の1症例をご紹介します。

<症例>

トイ・プードル 避妊メス 6歳10ヶ月(初診時)

お腹の皮膚がかぶれてきた 治療は塗り薬を使っている(1日1回塗布)

なかなか治らず、どんどんひどくなってきた

ということで、鹿児島市内から当院へ来院されました。

 

初診時の写真です。

ちょっと痛々しい感じもしますが、皮膚が

赤くなり、皮がめくれたようになっています。

この皮膚病は、実は見た目と治療経過から

一発診断できます。お話を聞いて皮疹をみて

治療方針も即決定しました。

 

治療は、”治療しないこと”です。

 

ん?って感じでしょうか。飼い主さんも初めは

同じく、ん?って感じでした。

一生懸命治療しているにもかかわらず、皮膚がどんどん悪くなってきているのに

治療しないってどうゆうこと?と、思われたかと思います。

実際には、使用中の塗り薬をやめて、皮膚を清潔に保つこと、乾燥から皮膚を

守ること、外界の刺激から皮膚を守ることに気をつけてもらいます。

 

この皮膚病は、ステロイド皮膚症といわれる、いわゆるステロイドの副作用の

1症状です。写真を良く見ると皮膚が赤くなり、表皮がはがれ、皮膚自体が

かなり菲薄化していることがわかります。

 

ステロイドには、強力な抗炎症作用、免疫抑制作用、細胞増殖抑制作用があり、

この作用を使い、多くの病気の治療に用いられています。

良い点もあるのですが、長期的な使用によって生じる悪い点つまり、副作用についても

よく理解しておく必要があります。

外用ステロイドを長期に渡って使用していると皮膚が薄くなってきて、毛細血管を保護

する組織が脆弱になり、皮膚が少し圧迫を受けただけでも毛細血管壁が破壊されて皮下出血

や紫斑を生じることがあります。また、皮膚が少し伸展しただけで裂傷を生じやすくなる

こともあります。

さらに、ステロイドには細胞増殖抑制作用があるため、創傷治癒を遅延させる働きが

あります。なので、いったんこのような皮膚障害を受けてしまうと治癒するまでに時間が

かかります。また、免疫抑制作用もあるため、皮膚の免疫力が下がり細菌感染や真菌感染

外部寄生虫感染などの感染症を起こしやすくなってしまいます。

つまり、ステロイドは使い方によっては私たちの味方にもなり、敵にもなりうるということ

です。ただ勘違いしてはいけないのは、ステロイドは絶対悪ではないということです。

○○とはさみは使いようと言いますが、ようは使い方が大事だということです。

 

とはいえ、個人的にはあまり安易に外用ステロイドは使いません。

私が外用ステロイドを使用するのは、限られた状況に限ります。痒いからとりあえず

痒み止めの塗り薬を出すということはまずありません。外用ステロイドは、使うタイミングに

よっては、とてもよい仕事をしてくれます。

外用ステロイドの使用法は奥が深く、使いようによっては内服薬を減らせたり、悪化した皮疹を

早く正常に近づかせることができる場合があります。うまく使いこなせるかどうかは、獣医さんの

知識と経験と力量によるところが大きいと思います。

外用ステロイドには、種類がたくさんありますが、その作用の強さによりいくつかの分類がされて

います。日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎治療ガイドラインによると、作用の強い順にStrongest、

VeryStrong、Strong、Medium、Weakの5つに分類されています。人間の方では、ガイドラインに

より、患者さんの年齢や状況によって使用するステロイドの作用強度を変更していくようになって

います。

私も外用ステロイドを使用する場合は、皮疹の状態をみて使用するステロイドの作用強度を決め、

治療経過により強度を下げたり、使用頻度を減らしていったりします。

ちょっと特殊な外用ステロイド剤もあります。

アンテドラック型の外用ステロイドと言われるものです。これは、動物専用のものも販売されて

います。アンテドラックとは、局所で優れた薬効を発揮した後、吸収されて全身系で代謝され速やか

に薬効を消失するよう設計された薬剤のことを言います。

つまり、一番効いてほしい皮膚表面で効果を発揮して、吸収されるにつれて副作用が軽減されて

いくお薬です。従来の外用ステロイド剤に比較して安全ではありますが、それでも私は使用部位、

使用期間を決めて使用してもらいます。

 

どうでしょうか?みなさんが、単に痒み止めのお薬だと思っている外用ステロイド剤の怖さと

奥深さがわかっていただけたでしょうか?

今、痒み止めの塗り薬を使っている方、処方時に1回使用量、使用頻度、使用期間について

先生から説明はありましたか?処方後の定期チェックは行ってもらっていますか?出されっぱ

なしにされていませんか?

気を付けないと、治そうと思って使ているお薬のせいで皮膚病が悪化してしまう可能性もある

ことを頭に入れておかなければなりません。

 

話を戻して、今回の症例の治療経過の写真です。

1段目左;初診時   1段目右;2週間後

2段目左;4週間後  2段目右;8週間後

3段目右;12週間後

きれいになりましたね。これで治療は終了です。

 

さて、今回の犯人はこいつです!(笑)

私が診るステロイド皮膚症の症例で使用されている外用ステロイドは、ほぼこれです。

メーカーさんのためにちょっと言っておきますが、この製品自体が悪いのではなく、獣医業界で

シェアが高く、使用頻度が一番多いためかなと思います。

ただ、メーカーさんには申し訳ありませんが、私はこの製品は一切使用していません。

この製品は、ステロイド単剤ではなく、抗生剤と抗真菌剤が混ぜてあるステロイド合剤です。

ステロイドによる痒み止めの作用もあり、抗生剤も抗真菌剤も入っているため、皮膚病の万能薬

だと思われがちですが全く違います。膿皮症や皮膚糸状菌症などの感染症に使用すると悪化します。

皮膚の感染症の治療では、基本的にはステロイドの使用は禁忌とされています。

また、使用されている抗生剤の種類がいまいち…です。ニューキノロン系の抗生剤が使用され

ており、この抗生剤は緑膿菌を含めた薬剤耐性菌が出たときのためにとっておきたい抗生剤

の1つです。むやみやたらに使用してしまうと、いざ使いたいときには効果がなくなってしま

っている可能性があります。ニューキノロン系の抗生剤は内服薬も点耳薬も考え方は同じです。

ちょっとしたことで安易に使っていると、いざ本当に必要になったときに役に立たなくなって

しまいます。

ここ数年、医療だけではなく獣医療分野においても、多剤耐性菌の存在が問題になっています。

自分で自分の武器を使えなくしてしまうようなものなので、皮膚病に関わらず、抗生剤の使用は

そこまで考えなければなりません。

もっと突っ込んだことを言うと、動物の治療により作り出されてしまった薬剤耐性菌が、まわり

まわって人間に感染してしまい、自分たち自身が被害をこうむってしまう可能性もあります。

獣医師は、ただ動物の病気を治せばいいだけでなく、公衆衛生という意識ももって治療をしないと

いけない時代になってきています。

 

今回は、ステロイドのお話ということで皮膚病治療では避けては通れないということもあり

長々となってしまいました。ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。

ステロイドは、敵なのか?味方なのか?それは、使い方しだいでどちらにもなりうるというのが

私の答えです。

 

森の樹動物病院は、鹿児島でアレルギーやアトピー性皮膚炎、脂漏性皮膚炎(脂漏症)などの痒み

のある皮膚病治療に力を入れています。

霧島市以外の遠方でも診察ご希望の方は、一度お問い合わせください。