落葉状天疱瘡

[2018年05月22日]

今日は、久々に皮膚病のお話です。

自己免疫性疾患という言葉を聞いたことがありますでしょうか?

自己免疫性疾患とは、難しい言葉でいうと、何らかの原因によって免疫学的な自己寛容が破綻し、

自己成分を攻撃してしまう状態のことと定義されています。要は、自分を外敵から守ってくれる

はずの免疫系がおかしくなってしまって自分自身を攻撃してしまう状態のことを言います。

お題になってる”落葉状天疱瘡”も、自己免疫性皮膚疾患の1つです。自己免疫性皮膚疾患は

比較的まれな疾患ですが、犬の落葉状天疱瘡はその中でもちょくちょくみられるものの1つです。

天疱瘡(テンポウソウ)って難しい字を書きますが、語源はギリシャ語の”Pemphigos”で、泡とか

あぶくとかいう意味です。人の天疱瘡が、皮膚に水泡ができることでその見た目から命名された

みたいです。

天疱瘡という病気は、皮膚の角化細胞同士をくっつけている接着蛋白に自己抗体が結合して

くっつけなくなり、角化細胞同士が離れてしまうことにより、水泡を形成してしまう皮膚病です。

人の天疱瘡は、自己抗体の標的蛋白が同定されていて診断、治療に応用されていますが、

残念ながら、犬や猫の天疱瘡はまだ未解明な部分がたくさんあります。

ダメージを受ける部位や臨床症状、原因などによりいくつかの分類がされていますが、

犬猫の天疱瘡はまだよくわかっていないことも多いので、人の天疱瘡の分類を少しご紹介

します。落葉状天疱瘡、尋常性天疱瘡に大別されて、前者の亜型に紅斑性天疱瘡があり、後者の

亜型に増殖性天疱瘡があります。その他に薬剤誘発性天疱瘡、腫瘍随伴性天疱瘡などがあります。

それぞれの特徴は、説明すると長くなってしまうので今回は省略しますが、これだけ、バリエー

ションに富んでいるという事です。

私の勝手なイメージですが、天疱瘡と言ったら慶応義塾大学医学部皮膚科学教室の天谷先生、

獣医療だと東京農工大学獣医学部内科学教室の西藤先生が有名だと思います。

興味のある方は、論文検索されたら両者の先生のお名前が必ずヒットすると思いますので

調べてみてください。

前置きが長くなってしまいましたが、今回の症例は犬の落葉状天疱瘡です。

鹿児島市内からの患者様です。前医にて1か月ほど治療したがよくならないとの

ことで来院されました。お薬の内容を見るとアレルギー、膿皮症を疑っているような

ラインナップでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初診時の写真ですが、かさぶた(痂疲)がすごいですよね。全身、毛の奥も含めてかさぶた

だらけでした。まず、直感的に感じたのは、”よく見るやつじゃない”ということでした。

結構、直感って大事だと思っています。ただし、それなりに経験を積んでからの直感ですが。

いわゆるsnap diagnosis ってやつでしょうか。

ただ、今回の症状はあまりにも激しいので誰が見てもおかしいと感じてしまうと思います。

私が、皮膚病を勉強し始めのころに教えてもらったのはまず、普段よく見る皮膚病を覚えなさい

という事でした。それで8割~9割は網羅できるよと。それ以外は、稀な皮膚病なんだからと

言われました。今回はその稀な皮膚病の1つだったという訳です。

後は、自分の直感した皮膚病の裏付けをとっていくのですが、この子の場合、腹部に破けていない

膿胞がありましたのでとてもラッキーでした。

実は、この膿胞が診断にはすごく有用です。犬の膿胞はとても破けやすく初診時にすでに

破けてかさぶたになっていることが多いのですが、この子の腹部に膿胞がいくつか残って

いました。

その膿胞の1つを針で刺して染色液で染めた細胞の写真です。紫の好中球という免疫細胞が

たくさん見られます。その中に青い丸っぽい細胞が見られますが、これは棘融解細胞と言われる

細胞です。棘融解細胞とは細胞接着が障害されてはがれた表皮細胞で、落葉状天疱瘡を強く疑う

根拠になります。さらにこの中に細菌がいないという事も根拠の1つとなります。

ただし、棘融解細胞の存在=落葉状天疱瘡ではないので、さらに診断精度を上げるために

組織生検を行うことになります。

上の3番目の写真に縫合した部分がありますが、そこから採材して病理検査を行いました。

普段は、初診時に組織生検をすることは少ないのですが、今回はまずそうだろうという事と

早く治療に入りたかったので、飼い主様に説明、同意をしていただいて、初診時に即、組織生検

を行ないました。

ちなみに天疱瘡の標準的な診断手順は、特徴的な臨床症状と一般的な皮膚検査で鑑別、疑い

をかけて病理組織検査で確定診断を行うという流れになります。さらにより詳細な免疫学的情報

を探るために蛍光抗体法といわれる特殊な検査で自己抗体の結合をみるという方法もありますが

犬猫ではルーチンではありません。凍結組織をサンプルとするため、なかなか我々のような1次病院

からオーダーしにくいということもありますし、検査として特異度や感度が高くない、検査できる

施設が限られているという事もルーチンとして組み込みにくい原因になっています。

病理組織検査の結果も落葉状天疱瘡を強く示唆する所見が出ましたので、本格的に治療に入り

ました。治療は、過剰な免疫を抑えるため、ステロイドをメインにいくつかのお薬を組み合わせた

免疫抑制療法を開始しました。それから、付着しているかさぶたがポロポロと落ちてくるため、

全身丸刈りにしてスキンケアのために薬浴も行いました。

 

 

 

 

 

更に、1週間後

 

 

 

 

 

更に、1週間後

 

 

 

 

 

更に、2週間後

 

 

 

 

 

ここまで、初診から約1か月半です。新しい膿胞や痂疲の形成は今のところ認めらません。

毛が生えそろうまでにはまだもうちょっとかかりそうですが、よく見ると産毛が

少しずつ生えてきています。

落葉状天疱瘡には、根治療法は存在せず、基本的には免疫抑制剤を主体とした対症療法と

なります。また、病変は皮膚に限局しており、この病気自体で死亡することはありませんが、

主な死因は治療薬による副作用であるという報告があります。また、海外の文献だと安楽死の

記載も少なくありません。これに関しては欧米人と日本人の宗教観の違いもあると思いますが。

つまり、治療が長期戦となるため、治療目的が軽快させることではなく、症状の緩和である

ことを頭に入れておかなければなりません。

あと、これは獣医師の力量になりますが、生涯に渡って治療が必要となることから、いかに

副作用が出ないようにまた出さないように薬のさじ加減をしていくか判断していく必要が

あります。

だいぶ長くなりましたが、天疱瘡という病気はあまりよく聞く病気ではないと思いましたので

飼い主様によく聞かれる内容も含めて説明してみました。